AMVの歴史①:AMVの誕生

2020-03-29Column

ウラMADVIDEO上映会 第51回

2020年3月1日、いはさんのお誘いを受けまして、『ウラMADVIDEO上映会 第51回 AMV特集/「IT曲革命選手権10」』のニコニコ生放送に、檸檬来夢さんとリンナさんと共にゲストとしてお邪魔させて頂きました。

(「ウラMADVIDEO上映会」は、オフラインのMAD上映会にも関わられているyuuさんのニコニコミュニティです。毎週日曜日23時から、上映会で公開されたMADの放送等をされているので、もしご存知無い方がいらっしゃいましたら要チェックですよ。)

このような場で話すというのは、内気・口下手・人見知りの三拍子が揃った私にとってチャレンジでした。
放送後、自分はちゃんと話せていたのだろうかと不安になり、タイムシフトを恐る恐る視聴してみました。

(『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い! 』16巻p.137より引用)

マイクとの距離の問題かノイズが入っていたり、マイクのミュートを解除しないまま話をしている所があったり、早口で何を言っているのか聞き取れない所があったりと、自分のポンコツっぷりをモロに露呈してしまう有様でした。

最も悔しかったのは、話す事に必死になりすぎて、皆さんが折角書き込んで下さったコメントを見る事が出来ず、コメントに対するリアクションが全くといっていい程出来ていなかった事です。
頂いた質問への回答も、「もっとこういう風に答えるべきだった」と反省するものばかりでした…。
(タイムシフトのお陰で、コメントは全て拝見する事が出来ました。)

ネガティブな事ばかり書いてしまいましたが、これまで関わりのなかった方々と知り合う事が出来て楽しかったですし、なにより、放送の中で皆さんから「面白かった」「勉強になった」等々沢山のコメントを頂けた事は、例えそれが社交辞令であったとしても凄く嬉しく、『チャレンジして良かった』と思えるには十分すぎる理由でした。

このような貴重な機会を与えて下さった、いはさん、yuuさん、
オフラインMAD上映会について色々教えて下さった檸檬来夢さん、
言葉足らずな私の代わりに補足や説明をして下さったリンナさん、
そして、放送を視聴して下さった皆さん、
本当に有難う御座いました。

さて、放送では1980年代~2000年代前半までのAMVの歴史について話をさせて頂いたのですが、ニコニコ生放送のタイムシフトは1週間で期限が切れてしまいますし、始めに書いたような私のミスで内容が伝わらない所もあったと思いますし、他に歴史を取り上げている日本のサイトもありませんので(私が見つけられていないだけかもしれませんが)、放送でお話しした内容を、時間の関係で話せなかった事も追加しつつ、4回の記事に分けて投稿していこうと思います。

第1回は、AMVが誕生した1980年代前期のお話です。

AMVの誕生

世界で最初のAMVは、1982年に、アメリカのジム・カポスタスさんによって作られたといわれています。

当時、MTV(※)に触発されたジムさんは、2台のVHSビデオデッキを使用したリニア編集で、「宇宙戦艦ヤマト」とビートルズの「All You Need Is Love」を素材にし、最初のAMVを作りました。
このAMVは、ドラマのワンシーンを真似たパロディ動画でした。
(残念ながら、この世界初のAMVはネット上で見つからないようです。)
※MTV:ミュージックビデオを24時間流し続ける音楽専門チャンネル。1981年に放送が開始された。


上の動画は、AnimeCons.com(※)が2011年に公開した、ジム・カポスタスさんへのインタビューの映像です。
※AnimeCons.com:世界のアニメコンベンション(日本のアニメや漫画をテーマにしたイベント)について情報を提供しているサイト。

ちなみに、アルさんという方が、日本語字幕を付けた動画をniconicoに投稿して下さっています。
かなり興味深い、貴重な話を聞く事が出来ます。

今でこそ、アメリカで大きな市場を形成している日本アニメですが、1980年代前半はほとんど認知されておらず、更に、アニメのビデオテープや編集に使う機材はかなり高価だった為、ジムさん以外にAMVを作る人はごく少数でした。

ジムさんは、他にもAMVを作成し、SFコンベンション(※)のプログラムとプログラムの間に、繋ぎとしてそのAMVを上映していましたが、人の目に触れる機会といえばそれくらいで、この頃はまだアニメファンの間ですら、AMVの存在はほぼ知られていませんでした。
※SFコンベンション:SFファンが集まるイベント。

「AMVの歴史②」へ続く

Column

Posted by John